- 作者: 東浩紀
- 出版社/メーカー: 新潮社
- 発売日: 2009/12/18
- メディア: 単行本
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主人公の小説家葦船往人は、存在しないはずの娘が未来から送ってきた電子メールを受け取る。量子コンピュータの発達が、量子のゆらぎが生む並行世界との通信を可能とした未来。世界と記憶と意識と家族をめぐる物語。
まず目につくのはSF的世界観の構築力。(多分)確かな知識と豊かな想像力で語られるオリジナルの専門用語と設定。しかも肝心の部分では平易な例え等で読者の理解をフォローしてくれる、親切設計サービス精神。すばらしい。
主要なテーマは村上春樹の作品に登場した「三十五才問題」。人は三十五才を過ぎると、「ありえたかもしれないが実際には起こらなかった過去=仮定法過去」の総量が「実際になしとげられた過去」や「これからなしとげられるであろう未来」の総量を超えるのではないか。だから村上春樹の作品の、三十五才を迎えたとある主人公は、金も名誉も幸せな家族も美しい伴侶も持っていたにも関わらず、「なしとげられなかった過去」を思って涙したのであった(この辺の設定が村上春樹が嫌われる原因でもあると思うけど。)
だから作者は設定として並行世界を持ってきた。それによって何を描こうとしたのだろう?
存在しない娘とメールのやりとりをした後、往人は未来の息子による手引きで、並行世界のもう一人の往人との入れ替わりを果たす。もし入れ替わりが無ければ、往人は妻と無理やり交渉し子を生ませるという未来が待っていた。それを防ぐために、その子である息子は、並行世界の娘と接触し、入れ替わりを画策した。
入れ替わった往人を待っていたのは、以前とは打って変わっての幸福な、娘と妻との家庭であった。しかしそれは表向きのものであり、もう一人の往人はテロを計画する危険人物だった。やがてそのテロは弟子により決行に移され、巻き込まれた往人は…。
「あるはずだった幸福な過去、それに続く未来など存在しない。」作者が描こうとしたテーマがそんなクリアカットなものであれば話はシンプルだ。しかしおそらくそうではない。
作者は、この小説は自身の過去に著した批評の実践である、とインタビューで答えていた。そしてそれは「リアルをめぐる問い」であるという。
というわけで、今後はそれらを読みたい。あとロリコンをめぐる問いでもあったりするかもしれない、この小説。三島賞おめでとうございます。