思考だだ漏れ読書録

とあるブログ書きの読書記録。

ロング・グッドバイ/著:レイモンド・チャンドラー 翻訳:村上春樹

ロング・グッドバイ

ロング・グッドバイ


 村上春樹といえば、アメリカ文学。特に、「グレート・ギャツビー」を自信が影響を受けた作品としてあげることが多いが、それと同じように挙げているのが、「ロング・グッドバイ」である。
 主人公の私立探偵フィリップ・マーロウは、とにかくハードボイルド。というか、彼のありようが後の「ハードボイルド」というジャンルを基礎づけたと言った方が正しい。
 そんなマーロウが、テリー・レノックスという謎の多い男と出会うところから始まる。最初の方は、村上春樹の作品に似た絢爛豪華な舞台設定やアイテム(いきなり「ロールスロイス・シルバー・レイス」という車が登場する。)に辟易しつつ読み進めたのだが、テリーが突然マーロウのオフィスに現れるあたりから物語が急展開を見せ、あとはもう夢中で読んだ。軽装版で700ページ以上あるため、一週間とちょっとかかったが。
 今まで僕は、ミステリというものを激しく食わず嫌いしていた。どうして人生の貴重な時間を割いて、何百ページもある本でなぞなぞ遊びをしなければならないのか、と、思っていた。多分、幼い頃に赤川次郎名探偵コナンを読んでいたせいで、そーゆーイメージがついていたんじゃないかと思う。
 しかし、フィリップ・マーロウは、純粋まっすぐな正義漢ではないし、推理大好きの推理バカでもない。大人のシブさを備えた、酸いも甘いも噛み分けた、時にユーモアを重んじる、カッコいいオッサンである。いい。実にいい。吹き替えは大塚明夫でお願いしたい。
 そしてこの小説の最大のキモが、一読すればわかるであろう通り、テリー・レノックスという男の存在である。村上春樹が訳者後書きで指摘する通り、グレード・ギャツビーにおけるジェイ・ギャツビーと同じような物語的役割を務める。「失われたもの」のために、あるものは死に、あるものは擬似的な死を迎える。
 他にも、訳者後書きにはロング・グッドバイという小説が世に存在する意義について、結構な文量で書かれている。この本に興味があるという人は、まず後書きから読んでみるのもいいかもしれない。古い本だからネタバレもそんなに気にならないだろうし。