- 作者: 村上春樹
- 出版社/メーカー: 新潮社
- 発売日: 1999/03/02
- メディア: 文庫
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ここに収められた文章は、僕が一九九四年春から九五年秋にかけて「SINRA」というきれいな雑誌に毎月掲載していたものです。その連載のあいだ僕はずっとマサチューセッツ州ケンブリッジ(ボストンの隣です)に居を構え、隣町メドフォードにあるタフツ大学に所属していました。ケンブリッジには結局、九三年夏から九五年の夏まで二年間滞在していたことになります。(「あとがき」より)
このまえはウィスキーについてのエッセイを読んだが、今回は猫がよく出てくるエッセイである。猫は自由である(猫飼ったこと無いけど)。猫のように自由に生きたいものである(猫飼ったこと無いけど)。
一度通読してからパラパラと読み返してたのだが、この本について、特別に語らなければならないことなど何も無いような気がしてくる。
それは内容が薄いとかいう意味ではなく、なんて言えばいいのかな、この本を読むと、「すべて世は事もなし」というか、「天下泰平」というか、とにかくそんなような気分になって、「分析とか解釈なんてどーでもいいじゃん」という気分になってしまうのである。
そもそも「特別に語らなければならないこと」などという堅苦しい言い回し自体、この本には似つかわしくない。服装で言えば、短パンにアロハシャツ。そんな本である。不真面目なのではない。肩の力が抜けているのだ。
本書における村上春樹の暮らしを見ていると、悠々自適、という言葉が浮かんでくるが、時期的にこの頃の村上春樹は『ねじまき鳥クロニクル』を執筆していたはず。ずいぶんギャップがある。あるいはハードな小説執筆の息抜きとして、このようなソフトなエッセイを書いていたのかもしれない。
率直に申し上げると、僕はマサチューセッツ州がどこにあるのかよくわからないし(大学があるとこ、くらいの知識)、マラソンも高校卒業以来やってないし、上に書いたとおり猫も飼っていないが、なんの問題もなく楽しめる本である。巻末の対談もくだらなくて非常に良い。阪神大震災についての見解や、中華料理が食べられないという話など、彼の作品について考える上で重要そうなエピソードも出てくるので、ファンの人ならチェックしておきたい。まぁ、僕が言わなくてももうチェックしてるか。ところで「うずまき猫」ってなに?