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思考だだ漏れ読書録

とあるブログ書きの読書記録。

ニッポンの文学 / 佐々木敦

ニッポンの文学 (講談社現代新書)

ニッポンの文学 (講談社現代新書)

 80年代から現代までにおける日本の小説の歴史を、代表的な作家の名を挙げながらまとめた本。

 いわゆる文学作品と呼ばれるような小説だけでなく、SFやミステリといった、いわゆるジャンル小説まで取り上げているというのが面白いところ。

 もっぱら文学系ばかり読む自分のように、好みが偏った人が他のジャンルに手を出そうという時のブックガイドとしては最適な本なのではないかと思う。実際、自分はこの本を読んでから、綾辻行人やグレッグ・イーガン(はもちろん本書には出てこないが、SF小説として)に手を出したりしている。

 逆に、ディープな批評のようなものを求めている人にはちょっと物足りないかもしれない。もっともそれは、ライトな語り口と、歴史を俯瞰的に描こうというコンセプトから受ける印象であって、ジャンルを越境して文学の歴史を描くというコンセプトそのものも含めれば、実はかなりディープな一冊なのかもしれない。


 文学と非文学を同時に取り上げることが画期的である、ということは、言い換えれば「文学は偉くて、エンタメ小説はあんまり偉くない」と多くの人が漠然と思っているということでもある。それはおそらく日本も海外もそんなに変わらないのではないかと思う。

 そしてその観念は、「芸術は偉くて、娯楽作品はあんまり偉くない」という意識に通じている。

 なぜそのような意識が生まれるかというと、娯楽作品は人間のためのものであるのに対し、芸術は神様(のようなもの)に捧げるものだ、という感覚が人々の中にあるからではないだろうか。

 だとすれば、人々が聖性というものを求め続ける限り、そして小説というものがこの世にある限り、文学とエンタメという分類は無くならないのかもしれない。

 ともあれ、文学とはなにか、という一見不毛な問いは、なにが聖でなにが俗であるか、という本質的な問いにどこかで繋がっているのかもしれない。というのはほとんど今の思いつき。


 現代日本における「文学のよくわからなさ」は凄まじい。どのくらい凄まじいかというと、又吉直樹の「火花」が掲載された雑誌「文學界」などの文学雑誌を読んでみればわかる。

 おそらく95%くらいの人は、そこに書かれていることの意味や理由といったものを理解できないと思う。

 かくいう自分もそちら側の人間で、好きな作家が連載をしている時だけ文学雑誌を読んでいたが、それ以外の部分についてはほぼ理解できなかった。そして最近はもうほとんど読んでいない。

 つまり、日本における現代文学は、おおよそ全人口の5%ほどの人向けに書かれている。そしておそらく文学を書いている人は、さらにその5%のうちの5%くらい。つまり超ニッチジャンルなのである。

 という話には実はちょっと嘘があって、実際にはわかる人/わからない人を二分法で分割することはできず、一人の人間の中にわかる/わからないがアナログ的に混在していていたりすると思うのだが、話を分かりやすくするためにあえてそうした。

 ここで僕が言いたいのは、現代日本文学は極めて少数の人向けのものでありながら、とてもエラくて重要なものだ、と思われているということである。

 外部の人からすればそのような、昨今流行りの言葉で言えば「既得権益」のような有様は、とても不健全なものに見えるかもしれない。実際、「文学不良債権論」なんてものもあったらしい。

 でも多分それは間違っていると思う。なぜならいま日本で文学をやっている人(の多く)は、間違いなく文学が好き、というか、文学は大事だ、という思いに基づいてやっているのであって、決して権益にしがみつくためにやっているのではないからだ。

 文学に対する想念の形は人それぞれであって、中にはかなり屈折していることもある。小説なんか書きたくないと言いながら小説を書き続ける人もいるし、こないだのある文学賞の授賞式では、受賞者が「私の作品には何の価値もない」と言い放つ、なんてこともあった。

 しかしどの人も、この世にひとつでも多くの面白い小説が存在したほうが良い、という点では共通している。どこにその証拠があるのか、と聞かれたら、それは実際に作品を読んでいただくしかないだろうが。

 だから文学が高度に複雑化しているのは、文学を特権化するためではなく、もっと別に原因があるのだと思う。文学をやっている人のほとんどは、こんなに面白いものがあるのだからもっと多くの人に文学をしてもらいたいと思っているハズだ。多分。

 であればこそ、文学はもっと開かれたものになるべきだ、と言いたい、言い切りたいところではあるのだが、そうも言い切れないのは、なんかそういう教科書的なことを言って意味があるのかね? という疑問があるからだったりする。


 本書で最後に見出しつきで紹介される作家は、芥川賞を受賞したお笑い芸人の又吉直樹だ。

 個人的にも、「小説家役」としてテレビCMに出演したりしている彼の姿を見ると、彼の受賞は「ニッポンの文学史」におけるターニングポイントの一つとなるだろうと感じる。もし彼が二度と小説を書くことが無くても。