rhの読書録

読んだ本の感想など

「ノルウェイの森」読中。

ノルウェイの森を読むのは、これで三度目。
ノルウェイの森 上 (講談社文庫) ノルウェイの森 下 (講談社文庫)
今回は、村上春樹をぶっ通しで読もうと思って、「村上春樹 全作品」の頭から順に読んでいっている。
最初にノルウェイの森を読んだときは、とにかく圧倒されっぱなしだった。
自分が何に圧倒されているのかさえわからなかった。
当時も今も、僕はこんな言葉は好きではないけれど、間違いなく「癒された」し「救われた」。
最大級に大げさに言えば、僕の人生は祝福された。
まぁそんなメランコリックな気持ちで「ノルウェイの森」と向き合ったり背いたりしながら今日まで生きてきた。
今現在この作品を読んでわかったのは、この作品もまた、村上春樹作品の流れを脈々と受け継いでいるということだったりする。
そこかしこにハルキ臭が漂っている。それは厭世観であり、倫理観であり、男女観であったりする。そして登場人物は全て村上春樹の価値観で善し悪しの要素が振り分けられる。
正確に言えば、「好ましいもの」「遠ざけたいもの」「関係ないもの」に分類される。
まぁ小説なんてみんなそうっちゃそうなんだけど。
今の僕は「遠ざけたいもの」「関係ないもの」に分類される、同学生や学生運動家の描写に違和感を感じたりもしている。彼らには彼らなりの人生があるだろう、そりゃあんたから見たら屑みたいなもんかもしれないけど、と。
でもそれが村上春樹の思想とイコールな訳では無くて、これはあくまで彼の作品である。あたりまえだ。
ちょっと話がそれた。戻そう。
この作品が好ましいのは、登場人物が好ましく書かれていることに尽きると思う。そしてそれは、村上春樹の価値観から見て好ましいのだと思う。多分そうだと思う。自信は無い。
死後30年経った作家の小説しか読まない永沢。独学の料理を手際よく作る緑。かつての恋人に先立たれた直子。
好ましい。属性だけを挙げていっても好ましい。
そういった意味ではあざといとも言える。
まぁあざとかろうがなんだろうが、面白きゃ良いわけで、単純な僕なんぞは「こんな風に生きたいナー」と思ってしまう。いい鴨である。
恐ろしいのはおそらくこんな作品を書いてしまう村上春樹であって、まぁそんなことは百万回言われ尽くしてるだろうけど、なんにせよ僕は村上春樹を読むことで、見かけ上にせよ心の平穏・安寧を得ることが出来る。明日への活力、とやらも湧いてくる。だからまた読む。
それっていいことなのか?わからないけど楽しいからいいんだッ!読書は麻薬じゃよ。と偉い人が言っていた気がしないでもない。