rhの読書録

読んだ本の感想など

ゴーストバスターズ 冒険小説/高橋源一郎

ゴーストバスターズ 冒険小説 (講談社文芸文庫)

ゴーストバスターズ 冒険小説 (講談社文芸文庫)

 始めに、登場人物の話をしたいと思う。
 ブッチ・キャシディとサンダンス・キッド。彼らは実在のガンマンであり強盗団である。彼らが登場する最初の高橋源一郎作品である『優雅で感傷的な日本野球』を読んだ時は、架空の人物だと思い込んでいた。おそらく、高橋源一郎は映画『明日に向って撃て!(邦題:Butch Cassidy and the Sundance Kid)』に影響を受けて彼らを登場させたのではないかと想像するが、あくまで想像である。

明日に向かって撃て!〈特別編〉 [DVD]

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 BA-SHOはもちろん松尾芭蕉のことだろうが、SO-RAとは誰のことだろう、と思って調べてみた。おそらく「河合曾良」のことだろう。なんとなく名前は聞いたことがあった気がする。
 河合曾良 - Wikipedia
 ドン・キホーテの姪「アントニア」も、おそらく原作のドン・キホーテに登場しているようだ。「おそらく」なのは、ググっても「ラ・マンチャの男松本幸四郎がやってる方)」の情報しか出てこないからだ。こんど本屋か図書館で確かめてこよう。
 と、長々と一見本編と関係のない話をしたのは、この程度の知識しか持ち合わせていない僕が読んでも、俄然、面白い小説だったということをお伝えしたいが為である。
 (こういう作品にはあまり必要ないかもしれないが、一応以下ネタバレ注意。)




 ゴーストとは一体なんなのか。その正体は最後まで明かされない。
 なんだかわからないものについて書いて、なんだかわからないまま終わる。そう書くと、何も変わっていないように見える。でも、そこでは確かに何かが変化している。
 こう書いて思い出すのは、町田康の『宿屋めぐり』である。ラストで冒頭の文章に戻るところは全く同じだし、ゴーストバスターズは最初の刊行から単行本の発表まで5年、宿屋めぐりは執筆期間が7年と、完成までに長い期間を要していることも共通している。それから、ゴーストバスターズ第六章「わたしの愛したゴジラ」の文体が、どうも町田康っぽいように感じたが、多分コレはぼくが町田康を読みすぎているせいだと思われる。似ていると言えば、第三章のSO-RAの独白は、太宰治の「駈込み訴え」を彷彿とさせる。

宿屋めぐり (講談社文庫)

宿屋めぐり (講談社文庫)


 読む人が読めば、迷走している、と感じるかもしれない。しかしそれはある意味で当然である、と言いたい。人は未知の問いに挑む時、大いに迷い、戸惑う。わけのわからない袋小路に迷い込んだと思ったら、行き止まりの先に新しい道があったりする。その軌跡が小説になったとしたら、それが始まりから終わりまで単線的に進むようなものにならないのは当たり前のことだ。
 そしてそれはそれとして、いつも通りやたらとエラそーなことをを言わせていただくなら、高橋源一郎の小説家としての技術は、この小説で大きく開花しているんじゃないかと感じる。そのことは、彼の『ペンギン村に陽は落ちて』と、このゴーストバスターズの第七章である「ペンギン村に陽は落ちて」を比べてみて感じた。
 前衛的でありながら面白い。挑戦的でありながら優しい。そんな本作は、間違いなく歴史に残る傑作である。あと、こんなすばらしい小説が文庫で1700円もするのはおかしい。みんなもっと買え。