rhの読書録

とあるブログ書きの読書記録。

身体で考える。/内田樹・成瀬雅春

身体で考える。

身体で考える。


 内田樹の本が好きでよく読む。しかし成瀬雅春がかつて出来たという「空中浮揚」というのは、ちょっとにわかに信じがたい。
 信じがたいことに直面した時、人はそれを信じるか、さもなくば見て見ぬ振りをするか、どちらかの反応をする。というような話は、本書の中にも出てくるのだが。
 信じずにいれば、今まで通りの枠組みの中で安穏として生きていられる。しかしひとたび信じるとなれば、今までの枠組みをぶちこわし、また新たな枠組みを一から作り直さなければならない。
 それは非常にシンドイ作業であるに違いない。だから人は、信じたくないものは信じず、見て見ぬ振りをする。原発のリスクを見て見ぬ振りをして、再稼働させようとする人々のように。


 とりあえず、空中浮揚に関しては、判断保留ということにしておこうと思う。なにしろ僕は、オカルトな現象とは100%無縁で生きて来た人間である。知り合いに幽霊を見たという人はいるが。
 巻末の空中浮揚の写真に関しては、「よくここまでがんばってジャンプしたな」と思うことにする。それはそれでスゴい、と。


 空中浮揚を抜きにしても、本書に出てくる身体についての論はひじょーに興味深かった。
 自分は椅子に座ってパソコンをいじる作業が多いので、どうしても首や肩や腰などに不調が起こる。身体の調子を整える方法に興味があった。
 そこにきて、ヨーガの達人と、武道家にして思想家というふたりの対談である。興味深く無いはずが無い。
 身体を大切にして生きること、身体からの声に耳を澄ませること、身体が持つ未知の可能性について、易しく説いている。


 個人的に特に興味深かったのが、まず歩くことについて。
 歩くことは僕の習慣になっている。タダでできるし、歩きながらラジオを聞くとよく頭に入ってくる。一日一万歩くらい歩かないと気分が悪くなるし、寝付きも悪くなる。
 本書の中では、歩くことは「人間的能力」のいちばん根本にある、だとか、世界的に見て歩く時の身体動作は千差万別であり「正しい歩きかたは存在しない」だとか、そんな話が出てきて、納得したり感心したり。
 もうひとつは呼吸について。
 自分は学生時代コーラスをやっていたのだが、発声練習で息を強く吐いたりゆっくり吐いたりというのをやると、身体から力がスーッと抜けて、頭がスッキリするのを毎回感じていた。
 巻末に、成瀬雅春による簡単な瞑想法の解説があり、その中に呼吸についての話もあって、「やっぱりな」と思った。詳しくは買って読むべし。


 いかがわしい話もいくらか出てくる「空中浮揚が出来る」「水の上を歩ける」というのはまだしも、「東日本大震災をなんとなく予見していた」なんてのは、あんまりにもあんまりである。
 しかし、そういういかがわしい話を信じたくない人は、別に無理矢理信じなくても読むことが出来る。そういう懐の深さがあるのは間違いない。


 マジメな人だったらこの本を読んで怒りだすかもしれない。あるいは賢い人は、こんな本を読んでも他言せず、知らんぷりをしてしまうかもしれない。
 どっちつかずの僕は、どっちつかずを決め込んで、遠巻きに面白がっている。そんな読み方もアリだろう。