rhの読書録

とあるブログ書きの読書記録。

Think Simple―アップルを生みだす熱狂的哲学 / ケン・シーガル (著), 林 信行 (監修), 高橋 則明 (翻訳)

 シンプルとは何か。

 それは、複雑さを退けることである。

 それにしては、ページ数が多過ぎるんじゃないか、と思った。以上。

Think Simple―アップルを生みだす熱狂的哲学




 と、本のテーマに合わせてシンプルにレビューを終わらせてしまってもいいんだけれど、これでは手抜きとなんらかわりないので、もうちょっと続ける。



 世の中には、あまりにも複雑になりすぎて、売る側さえ把握しきれなくなっている商品ラインナップが存在する。

 本書の中では、著者が属する広告代理店がやり取りしていたPCメーカー『DELL』の商品ラインナップが引き合いに出される。

 せっかくなのでちょっと実験してみた。

 例えば、今僕が14〜15インチのノートパソコンが欲しいと思い、DELLのホームページにアクセスしたとする。

 実際にDELLのホームページ内に設置された検索機能を使い、14〜15インチという条件でノートパソコンを検索してみると、表示されるノートパソコンの総数は、なんと72台であった。

 もちろんこれは、同じモデルのパーツ違いを別々に表示しているせいで数が増えてしまっているのだが、それにしても多すぎる。

 同じことをしたAppleのホームページで行った場合、わざわざ検索機能を使うまでもない。MacBook ProかMacBook Pro Retinaを選び、そこから自分にあったカスタマイズするだけだ。実にシンプルである。



 同じようなことは、日本の携帯電話に関しても言えるだろう。

 増えすぎた機種。増えすぎた料金プラン。果たして販売員は、全機種の全機能の違いを把握できているのだろうか。おそらくムリだろう。

 その点iPhoneなら、「iPhoneを下さい」と言うだけでいい。まぁ、料金プランに関してはどうしようもないが。


 このように、Appleの商品ラインナップは、極めてシンプルである。

 それだけでなく、Appleが作る製品そのものにも、あらゆる部分に「シンプルさ」が見てとれる。

 例えばiPhone。前面1ボタンという究極のシンプルさ。ボディの継ぎ目は最小限で、余計な装飾などは一切無い。

 Mac。MacBookシリーズの継ぎ目の無いユニボディ。LANポートもDVDドライブも、不要と見たらすぐ切り捨てる。ダッサいOSやCPUのシールなんてもちろん貼ってない。

 あえて余計な機能を無くすことで、そこに付加価値を作り出す、というのは、スタートアップ企業と同じような少数精鋭の態勢をとっているAppleだから出来るのだ!


 というようなことが本書の基本的な主張であると言っていいだろう。

 確かにうなずける部分もある。なにしろ現代においては、ありとあらゆるものごとが複雑化の一途を辿っているように見える。牛乳ひとつ買うにも、高いものから安いものまで並べてあって、どれがいいのか迷ってしまう。そんな世の中において、Appleは救世主のようにも見える。

 しかし、なんでもかんでもシンプルにすれば上手くいくぜベイビー!みたいなポジティブすぎる話には、どうにも同意しかねる。

 まずもって、Appleが成功したのは、性能のよいコンピュータを作れたからであり、優秀な人間が集まったからだという事実を忘れてはならない。

 例えば、お役所仕事というのが恐ろしいほど複雑なのは、もちろん公務員という制度が生む構造的怠惰という面もあるだろうが、彼ら・彼女らの基本的職務が、膨大な量の細かい雑事であることが主たる理由であろうと考えている。

 おそらく、シンプルさが力を発揮できるのは、クリエイティブな方面の仕事に限られるだろう。「シンプルがあればなんでもできる」と言わんばかりの本書の語り口は、それこそiPhone工場で働く中国人を(中国からは撤退したんだっけ?)ないがしろにしているように見える。

 大体において、現実における社会のありようは複雑なものであって、その複雑さと戦う為に多くの人々が多大な努力を払っている。シンプルが有効なのって、ビジネスの世界だけなんじゃないの?という思いが、読んでいて何度か去来した。

 そして、ジョブズ亡きAppleは、商品ラインナップを増やし続けている。iPad mini。MacBook ProとRetinaモデルの併売。背面カメラ・ループ無しのiPod touch。

 更に、これはあくまでも噂だが、時期iPhoneは、iPhone5のマイナーチェンジである三色のiPhoneと、五色の廉価版iPhoneという二つのモデルに分かれると言われている。

 複雑さの魔の手に徐々に絡めとられつつあるように見える現在のAppleを前に、「シンプル」というワードはどれだけの説得力を持ちうるだろうか。


 しかし、僕がなにを言おうと、Appleが製品が持つ「魔力」はあらがいがたいものがあるのも事実。今のところは。これを書いてるのもMacBook Airだし。

 足せばいいときもあれば引くべきなときもある、という、ある意味当たり前のことを、Appleという現代においてトップクラスに人気な企業のエピソードとともに再確認させてくれる本だと思えば、読んでソンはないだろう。