- 作者: 高橋源一郎
- 出版社/メーカー: 文藝春秋
- 発売日: 2005/09/02
- メディア: 文庫
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カート・ヴォネガットの作品を表現するのに「人類への愛と絶望に満ちた」なんていうような表現を見たことがある。この短編集を形容しようと思った時に、真っ先に浮かんだのがその言葉だった。
全編に渡って、高橋源一郎お得意の、突き放したような性と暴力の描写に満ちている。どこからともなく始まって、どこへ行くこともなく終わる、といった風情が強い。どれもかなり短いため、連続で読めてしまうが、連続で読むことでさらになにかが深まっていくように感じた。
なにも身構えずに読むと、ただただくだらない話なのだけれど、よくよく考えてみると、作者が一体なにを言いたいのか、なにを考えているのか、さっぱりわからない。そういうのが最近の文学の流行りなのかな、と思った。この本を読んで。
また、これらの作品は、小説にありがちな登場人物の内省みたいなものを、いかに排除するかということに、細心の注意を払っているように見える。
登場人物が、反省したり成長したりするのは小説の「お約束」だが、一歩間違えると定型にハマったワンパターンなものになりがちである。
というか、人は何かの感想を述べようとすると、ついこういった「反省・成長ワード」を使いたくなってしまうという傾向があるのかもしれない。小学生が読書感想文で「ぼくも○○みたいに、つよくてやさしいおとなになりたいです」みたいに書くのもそうだし、大人ですら、なにかにつけて「気づきを得ました」と繰り返すようなやつもいるらしい。
反省したり成長したりするのはもちろん悪いことではない。しかし、現実の人間が実際にそんな風に反省や成長を繰り返しているかというと、どうもそうではないような気がする。
そういった点で、この小説の登場人物たちにはすごくリアリティがある。もちろん、設定は荒唐無稽なものばかりだが、その設定における人間の行動がリアルなのである。
ちなみにこの小説は、『小説の読み方、書き方、訳し方』という対談集の中で、作者本人が「もし自作を海外向けに出版するなら『君が代は千代に八千代に』を選ぶ」という旨の発言をしている。他の作品と比べて予備知識無しで読めるから、という理由らしい。
- 作者: 柴田元幸,高橋源一郎
- 出版社/メーカー: 河出書房新社
- 発売日: 2013/04/05
- メディア: 文庫
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