rhの読書録

読んだ本の感想など

赤瀬川原平の名画読本 / 赤瀬川原平

 絵画のことがわからない。正直に言って、さっぱりわからない。人はなぜ絵を描き絵を観るのか。

 今まで絵画というものと無縁の人生を送ってきた。一度だけ、散歩中にたまたま見つけた「フランシス・ベーコン展」に入ったことがあるが、それとて、ある批評家がベーコンについて書いていたのを読んだことがあったからで、絵画そのものに興味があったわけではない。高校の部活でフランスの美術館ツアーに行ったこともあったが、日程が詰め込みすぎてほとんど記憶が無かったりする。実にもったいない。

 そんな自分がたまたま古本屋で見つけたのが『赤瀬川原平の名画読本』。筆者は芥川賞作家で「超芸術トマソン」の提唱者、という程度の知識で読み始めた。

 すごく良かった。ものすごく良かった。

 まず、絵画のことがわからない人が最初に抱くであろう「なぜ絵画を鑑賞するのか」という疑問に対して、前書きでの中でこの上なく明確な回答をしてくれている。

 いわく「要するに自分の目で観ることなのだ。人の目や言葉ではなくて、自分の目が見て嬉しいものが本当の名画なのだ。」と。

 「自分にとっての名画」であれば何度見ても飽きずに良さを感じることができる。そして歴史という試練に耐えた名画は「自分にとっての名画」と重なることが多い、と。

 その後セザンヌ、マチス、ゴッホなどの具体的な作品を取り上げながら、筆のタッチ、配色、構図、そして作品全体が与えるイメージからどのような良さが感じられるかを、専門用語など抜きに語ってくれる。これがめちゃくちゃわかりやすい。

 普段、絵画やその他の芸術一般に親しみが薄い自分のような人間にとっては、筆者による絵画の解釈は、ともすれば主観的で妄想的にすら映るかもしれない。「描いた人、そこまで考えてないと思うよ」と。

 でもあえて考えるまでもなく、あらゆる作品の解釈は自由なのである。作者の意図の範囲内にとどまる必要は全くない。好きなだけドンドン想像の翼を広げていっていいし、それができるのが名画の名画たるゆえんなのだろう。

 もちろん自由だからといって何を言ってもいいわけじゃない。いや、言うのは別に自由なんだけど、例えば馬の絵を見て「これはリンゴだ」と言っても、ただムチャクチャなだけで特に面白みが無い。まぁ馬をリンゴと言って面白くする解釈のやり方も無いことはない気もするけれど。話が逸れるので戻そう。

 著者による絵画の解釈は、きわめて平易かつ主観的でありながら、納得感が強い。しかもサラッと描き手の略歴にも触れてくれるので、自分のような絵画弱者にもとても優しいつくりになっている。

 絵画の良さについて著者はよく「美味しい」という表現を使う。味覚は個人の官能に大きく依存した感覚だ。普通の人(テレビタレント等を除く)は美味しいものを食べたからといって爆笑したり小躍りしたりすることはない。とても個人的な感覚。絵画の感受性にも味覚に似たところがあるということだろう。

 そしてなにより著者の文章そのものが「美味しい」。言葉運びにムダがなく、論理にねじれが無い。イメージと論理の世界を気持ちよく行き来している。絵画にも文章にも通じている著者ならでは、という感じがする。絵画のことはまだよくわからないけども。これを機に興味を持てたらいいなと思う。