どうやら話題になってるらしい、と前々から気になっており、たまには話題の本も読んでみるか、という気が起こったので手に取った。
核心的なネタバレはしないが、周辺的なネタバレには触れていくので、前情報を入れずに読みたい人はここでブラウザバックしていただきたい。ついでに当ブログの他記事のリンクを入れておく。宣伝。
電子書籍化不可能という帯文、そしてネタバレ厳禁という通販サイトなどの文言を見て、「本そのものになんらかの仕掛けがあるんだな」ということは薄々気づいていた。似たような本は読んだことがあったし。あるいは「透き通った」というタイトルから類推出来てしまう人もいるかもしれない。
自分は中盤まで読んだところでふと試してみて「仕掛け」には気づいてしまった。作中に京極夏彦の名前が出たことで、ははあん、となった。
しかしその仕掛けがどんな結末に繋がるのだろうか、という謎は最後まで続くので、それに引っ張られて最後まで読むことができた。
少なくとも自分にとっては「予測不能の結末(裏表紙あらすじより)」ではなかったわけだが、この本のスゴいところは、この本を書き上げたことそのものにある。
その理由も最後まで読めばわかる。
自分はこの手の「泣かせにくる」系の物語が苦手なので、ストーリーには特に感動はしなかった。一言で言えば「親子もの」である。
しかしそれにしてもよくやりきったな、という念が湧く。
よく書けたな、という意味では感動的だった。
例えば自分は俳句があまり好きではなく、それは言いたいことがあるなら言葉を尽くして言えばいいんじゃないか、と思ってしまうから。
しかし形式が内容を生むこともある、ということは頭では理解している。
本書にも同じようなことを感じた。
そのままでは形として表せない物事でも、型にはめれば成立する。芸術の持つ不思議というかなんというか。
主人公の恋愛観が中学生レベルなのは、なにか理由があるのかと思ったが、そうでもなかった。読書家にしては、妙に初心。自分の親のことだからそうなるのかもしれないが。
セリフの口語的表現や助詞の省略が多かったり、ダッシュ(―――)による省略が多用されていたり(見開きごとにほぼ1つ以上ある)、変なところで難しい漢字を使っているたりするが、そのへんの理由も最後まで読むとわかる。
なぜだかわからないがこの小説はタイトルが覚えにくい。思い出そうとしても「どこまでも透き通った」とか「いちばん透明な」とか違うワードが出てくる。おかげでネットで検索するのにひと手間かかる。作中人物もタイトルがうろ覚えの人が多いのも、作者と編集者とのやりとりで同じような話題が出たからだろうか、などと想像するのもまた楽し。