『孤独のグルメ』で谷口ジローを知り、その後積極的にディグったりはしていないものの、折に触れて『事件屋稼業』や『坊っちゃんの時代』を読み、あれ、この人の描く漫画、全部面白くね? と気づいた。
そんなにわか読者の自分が、やはりたまたま手に取ったのが『K』。登山漫画なんて全然読んだことがない。でも抜群に面白かった。
身分を隠しヒマラヤで暮らす男「K」(日本人であることがほのめかされる)。登山不可能なはずの高峰で人命救助を行う伝説の登山家である。山に立ち向かう彼の死闘と奇跡が描かれる。
依頼金を貰って困難なミッションに挑む、という物語構造は『ブラック・ジャック』や『ゴルゴ13』に連なる「孤高の仕事人」マンガの系譜と言っていいだろう。ブラック・ジャックにおけるピノコに相当するポジションの女の子が登場するあたり、明確なオマージュと言ってもいいかもしれない。
中心に描かれるのは、高峰登山によって人が感じる「恐怖」という感情。自然の声を聞き不可能を可能にする超人的登山家Kであるが、だからこそ自然に逆らうような無理は極力避ける。山の恐ろしさを知っているから。絶壁の縁に立てば身震いし、疲労を感じたら安全な場所で全力で休息を取り翌日に備え、取っ掛かりの無い岸壁を登る際はボルトを打ち込み少しずつ登っていく。
時に山に恐怖するあまり遭難者を見殺しにしてしまい、そのことを悔やんで飲んだくれる。そんな彼が自らの恐怖に打ち勝つべく突風吹きすさぶエベレストの岩壁に挑む回のクライマックスは、良質なバトル漫画の決戦シーンのように読むものを興奮させる。普通なら「ありえへんやろ」とツッコミたくなってしまう展開が、圧倒的画力によって成立し、ストーリー上の「奇跡」と漫画作品としての「奇跡」が重なりあって紙面上に出現する。
文庫版巻末のプロ登山家、竹内洋岳氏による特別寄稿を読んで初めて気づかされたことだけれど、本作は1980年代に描かれており、氏によると「1990年代以降、ヒマラヤやチベットの文化・生活は大きく変わった。」という。
なるほど、登山に関わりなく日本に暮らす自分からすると、ヒマラヤ・チベットの人々はなんとなく今も昔ながらの生活をしているようにイメージしてしまうけれど、実際は様々な近代化の波が押し寄せたんだろう。本作におけるK、および山々の、ある種の神秘主義的な表現は、ギリギリこの時代設定だからこそ描けたものだったのかもしれない。
人はなぜ山を登るのか、という問いには無限の回答がありうるだろうけれど、「地球の極限、自然の極限、人間の極限に出会うため」という最高峰登山者の心情を、本作はたった一巻で描出することに成功している。紛れもない名作だ。
90年代に『神々の山嶺』(未読)という代表作を描いた谷口ジローが、80年代にこの面白さの登山漫画を描いていたと知り、ますますそちらも読んでおかなければならないと思った。谷口ジロー全集って出てないんだろうか、と思ったら2021年からコレクションが出ていた。いつか買い揃えられたらいいな。

