- 作者: 松尾スズキ
- 出版社/メーカー: 文藝春秋
- 発売日: 2007/08
- メディア: 文庫
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以前インタビューで「なぜドラッグを使ったのですか?」と聞かれた中島らもは「気持いいからだ」とこの上なくシンプルな回答をしていた。そういえばYoutubeの動画で見たのだった。
本作の主人公・明日香は、向精神薬の飲み過ぎによるOD(オーヴァー・ドーズ)で精神病院に担ぎ込まれる。オーヴァー・ドーズ。なんか響きがカッコイイね。要はクスリやってブッ倒れたということである。
この小説の原動力となっている謎は「なぜ明日香はクスリを飲んだのか」という点に集約される。その謎は一応ラストにおいて明かされるのだが、人の心が本質的に不可知であるのと以上、作者は「なぜクスリを飲んだのか」という問いに対する合理的な説明をしない。たまにあるんだよね、警察の取調べ調書みたいに登場人物の行動理由を説明しちゃうタイプの小説が。冷めちゃうんだよね、そういうの読むと。
作者のことは正直良く存じていないのだけれど、そのへんが松尾スズキという人の誠実さであり、演劇で培った人間観察力の成せる業なのかもしれない。
さらに正直に言えば、本書を手に取った際「演劇畑の人が書いた小説ってどうなの?」という先入観が無かったというと嘘になる。少々甘く見ておりました、ハイ。
しかしそういった先入観を最初の数ページで吹き飛ばす筆致を作者はフルパワーで披露する。冒頭のグロテスクなシーンの描写は誰もがオエッ、となること必死だ。こいつ、出来るな、と思った。感心した。舌を巻きました。
かような描写力=演出力は
ただこの小説が芥川賞に選ばれなかったことはある程度仕方のないことだと思う。新人賞というのは、これからギョーカイで頑張ってくれる人に対する激励であり、先行投資的な面が少なからずある。芥川賞とて例外ではない。そもそもの創立目的が、新人を色々な面で支援するためだったのだから(と、大学の授業で教わった)。
果たしてこの小説に「今後もガンガン小説書いたるぜ」とか「文学界を背負ったるぜ」とか(言い回しが俗っぽいが、ニュアンスとして)そういう気概みたいなものがあるかというと、うーん、なんとも言えない。
こういう印象というのは結構外れやすいもので、もしかしたら10年後、松尾スズキが文学界を一人で背負っているかもしれない。まぁそもそも文学界なんてものが本当に存在するのか僕は寡聞にして知らないけれども。
ともあれ一読者である自分はそんなことを気にする必要もないのだろう。この小説が持つ「笑い」と「哀しみ」は間違いなく本物であると、少なくとも自分はそう思う。