rhの読書録

読んだ本の感想など

文壇アイドル論/斎藤美奈子

本書はいわゆる「作家論」とはやや趣を異にします。そうですね、あえていえば「作家論論」に近いでしょうか。 (文壇アイドル論/斎藤美奈子 『まえがき』より)

文壇アイドル論 (文春文庫)

文壇アイドル論 (文春文庫)

斎藤美奈子の文芸評論はどれもこれも面白い。『本の本 1994-2007』『文芸誤報』なども読んだが、いずれもクオリティの高い本だ。

本の本―書評集1994‐2007

本の本―書評集1994‐2007


文芸誤報

文芸誤報


なぜ面白いのか。
第一にわかりやすさ。今風に言い換えるとリーダビリティの高さである。難解な文学理論などは一切出てこない。そもそも難しい文学理論なんかをちゃんと理解できる人は日本に百人もいないわけで。
かといって教科書レベルに平易かというとそうではない。作品や批評のテキストを丁寧に拾い、時に地道に、時に大胆に自説を展開する。単なる印象論を並べた「感想文」ではなく、しかも小難しい理屈を並べただけのオタク的な「論文」とも違う。
そしてもう一つが、絶妙なチョイス、本選びである。有名どころもちゃんとおさえるし、こんなん誰が読むの?というようなゴリゴリの純文学までちゃんとカバーしている。
この本では8人の「文壇アイドル」が取り上げられている。村上春樹俵万智吉本ばなな、林真理子、上野千鶴子立花隆村上龍田中康夫。いずれも80年代に大きく活躍し、今も現役である。そして斎藤は8人とその作品がそれぞれ「世間にどう受け取られたか」を、当時の批評家の文章から週刊雑誌の見出しまで、幅広く分析している。
その分析一つ一つが斬新で面白い。「村上春樹はまるでTVゲームのように消費された」「吉本ばななコバルト文庫の申し子」果ては「村上龍は時代を先取りしすぎるおっちょこちょい」等々。
おそらく本を読まない人ほど「作家って偉いんだナー」と思っているだろう。しかしかつては作家はアイドルとしてもてはやされメディアを賑わしていた。現代で言えば芸能人的な扱い、隔世の感がなくもない。なにしろ俳優上がりが書いた内容のない小説がバカ売れする時代だ。
この本に登場する8人の中には、現代と大分「芸風」が変わっている人もいる。上野千鶴子があんなに「お下品」な文章を書いていたとは全く知らなかった(関係ないが曽根綾子という人は昔から喧嘩っぱやかったということも知った)。立花隆はオカルトすれすれの、性差別丸出しの本を堂々と出している。村上龍田中康夫の変節はまぁ有名だろう。逆に村上春樹なんかはぜーんぜん変わってない気もする(メディアへの露出という点において)。俵万智の短歌の内容が実は案外保守的だった、なんてことは教科書でしか読んだことのない今の子供たちにはわからないことだ。
人はすぐに昔のことを忘れる。そして僕のように新しい人が後から生まれてくる。すると、作家というだけで偉い、みたいな扱いにいつの間にかなっていたりする。石原慎太郎が良い例だ。
そんな作家達の過去の毀誉褒貶を、僕のようなギリギリ昭和生まれにもわかりやすーく教えてくれる。それが斎藤美奈子だったりするのであるよ。ありがたや。
まぁこの本は斎藤美奈子の意見・視点であって、本当に実際に彼らがかつてどうだったかということはいろいろな情報にあたってみなければわからないことなんだけど、作家論を集めた貴重な資料として、結構価値があるんじゃないかと思うよ。