rhの読書録

読んだ本の感想など

村上ソングズ / 村上春樹 和田誠

 もし君がどこかに去っても、人生はつづくかもね。

 そう、人生はつづくのだ。この曲の本当の切なさと美しさは、そこにあるのかもしれない。

 という、村上春樹によるビーチボーイズ『God Only Knows』の和訳と解説を読んで、ビーチボーイズを、というかアルバム『ペット・サウンズ』を好きになった、ということを前にも書いた。実はどの本で読んだのか思い出せず、結構長いあいだ心のどこかに引っかかっていたのだけれど、数年前に『村上ソングズ』に収められていることを再発見したのだった。よかったよかった。

rhbiyori.hatenablog.jp

 でも先日また本書を見かけたときに、そういえば最初から最後まで通読してないな、ということを思い出し、改めて最後まで読み通すことにした。


 訳詩、原詞、そして解説が二十といくつか。最後の二曲はイラストを描いている和田誠氏の訳と解説になっている。

 昔の曲が多く、中には50年以上前のものもあるので、出版された2007年当時は実際に曲を聞くのも一苦労だっただろう。それが今なら配信サービスで簡単に聞くことができてしまう。Spotifyに収録曲全てをまとめたプレイリストがあったのでそれを聴きながら読むんだ。こういうとき、技術の進歩ってありがたいなと思う。アーティストの方々は色々と大変だろうけれども。

open.spotify.com

 実際の音楽を聞きながら読むと、まるで村上春樹が放送しているラジオ番組を聴いているような気分。確かどこかで「ラジオ番組をやりたい」というようなことを書いていた記憶がある。そして実際に2018年からTOKYO FMで『村上RADIO』の放送が始まった。確か初回は聴いたけど、自分はFMラジオを聞く習慣がなく、普段はポッドキャストばかり聴いているので続かなかったのだけれど。

www.tfm.co.jp

 そしてやっぱり音楽が村上文学に与えた影響は大きいんだな、ということをしみじみと感じる。学生時代から個人的に英語詞を日本語に訳していたそうで、その経験がなければ、冒頭を英語で書いて翻訳したというデビュー小説『風の歌を聴け』は少なくとも今と同じ形にはなっていなかっただろう。

 短編『中国行きのスロウ・ボート』の元となった『On a Slow boat to China』を初めて聴いたけれど、本書で紹介されるビング・クロスビー&ローズマリー・クルーニーのバージョンはとびきりコミカルな曲調になっていて、いい意味で予想を裏切られた。ランディ・ニューマン『Mr. Sheep』から羊男を連想する読者も多いだろう。両者の雰囲気はだいぶ違うけれど。

 そのような視点を抜きにしても、単純に自力では発見できなかったような名曲に出会えたのが嬉しかった。一度聴いたら耳から離れない『イングリッド・バーグマン』。「ソウル版ヨイトマケの唄」とでも形容すべき歌詞が心をうつ『パッチズ』。戦場で波打ち際に立つ恋人の姿を心に描く『ガルヴェストン』。解説の一文をわれわれは今もこれからも胸に刻まないといけない。

 今でも同じようなことがくり返されていると思うと胸が痛む。死んでいくのはいつも若い人々なのだ。そして彼らを送り出すのは、いつも年老いた人々なのだ。そんなところで﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅死ぬわけにはいかない。ものごとはほとんど何ひとつ変わってはいない。

 色々な意味で、今読むのにちょうどいい本だった。