rhの読書録

とあるブログ書きの読書記録。

虐殺器官/伊藤計劃

虐殺器官 (ハヤカワ文庫JA)

虐殺器官 (ハヤカワ文庫JA)

あらすじ

サラエボが核爆発によってクレーターとなった世界。後進国で内戦と民族衝突、虐殺の嵐が吹き荒れる中、先進諸国は厳格な管理体制を構築しテロの脅威に対抗していた。アメリカ情報軍のクラヴィス・シェパード大尉は、それらの虐殺に潜む米国人ジョン・ポールの影に気付く。なぜジョン・ポールの行く先々で大量殺戮が起きるのか、人々を狂わす虐殺の器官とは何なのか?
(虐殺器官 - Wikipedia)

ミリタリー・サスペンスとでも呼べばいいのか、あるいは軍事ミステリーだろうか、まぁそういったジャンル分けは置いておこう。
読みどころの一つは、近未来を舞台にした戦争のSF的な描写。そっち方面には詳しくないので例えが思いつかないが、簡単に言えば「メタルギアソリッド4」的な世界観。ナノマシンで兵士一人一人を管理し、ナノレイヤーというステルス技術で身を隠し、人工筋肉を用いた航空機で敵地に侵入、等々。作者が持つ、豊富な知識と卓越した想像力を伺わせる。
また、ミステリー的な謎解き要素も多分に含んでいる。ジョン・ポールとは何者なのか、なぜ大量虐殺が起こるのか。そういった謎が明かされていく様が読みどころ。

しかし、そういった「エンターテイメント的なお約束」だけでこの小説が評価されてるわけではないだろう。
例えば現代という管理社会に対する批判。この小説の世界では、9.11後の監視社会化が更に押し進んだ未来が描かれている。テクノロジーの進歩による監視の強化が本当に世の中を安全にしていくのかどうかは、確かに僕らにとっても未知数だ。
そして、統計による有意な犯罪率の低下が見られなかったとしても、今後セキュリティ強化の気運は高まっていき、性犯罪者をGPSで追跡するのと同じように、一人一人の生活が監視されるような社会がやってくるかもしれない。大衆がいかに「自分たちが見たいものだけを見ようとするか」に対する批判にもなっている。
あるいは人々の無関心。この世界で兵器や産業機械に用いられている「人工筋肉」は、淡水で生きられるよう品種改造したイルカや鯨の筋肉を養殖し、加工することで生産されている。そしてほとんどの人間がその事実を知らない。ネットワークの発達によって、調べようと思えば誰でも知ることが出来る事実であるにも関わらず。今現在でも、チョコレートの原料であるカカオが、貧しい子供の労働によって生産されているということはある程度知られているが、それと同じような話である。あるいは我々日本人が、原発の存在を意識せずに電気を使用してきたのと同じだ。
そういった作者の問題意識が、作品から伝わってくる。

さらに『文学志向』であることも大きなポイント。
主人公のクラヴィス・シェパードは文学に明るい。そしてことばに対して敏感だ。
ことばの問題は意識の問題であり、意識の問題は脳の問題に通じる。なぜ人間は意識を持つのか。脳のどこに意識があるのか。
そういった問題にいちいち主人公は思いを巡らせる。割とナイーブな男ではある。ソリッド・スネークとは違う。
小説がことばとして書かれている以上、「ことばであることに対する意識」のようなものがあって欲しいと個人的には思う。そうでなければそれはただの脚本や書き割りと同じだ。
その点でもこの小説はとても優れていると思う。上手く言えないけど。