rhの読書録

とあるブログ書きの読書記録。

『群像』2012年4月号を読んだ

 図書館で。

群像 2012年 04月号 [雑誌]

群像 2012年 04月号 [雑誌]


 何気なく手に取ったところ、「うへぇ、町田康が連載しとるやんけ!しかも二回目!!知らんかったぞ!?」と思い最速で読み始める。
 そんな町田康の『ホサナ』である。ホサナ(2)、というのは、自分が知るかぎりではラテン語かなーと思っていたら、「神を讃える際に発するヘブライ語」のことらしい。意味は「救い給え」。町田康は作家としてデビューした直後からキリスト教への関心について書いており、小説『宿屋めぐり』の中では登場人物である「主(「あるじ」とも「しゅ」とも読める」)」が、イエス・キリストを思わせる発言・行動を何度もする。今作でも『宿屋めぐり』と同じく「救いを求める人間のあり方」を描くのだろうか。
宿屋めぐり

宿屋めぐり


 一読してわかるのは、『宿屋めぐり』以上に、ある意味で抑えられた文体であるということ。初期の頃に「独特のリズム感」などと評された口語や関西弁はほぼ見られない。むしろ文体が硬すぎて違和感があるほど。そういう意味では「過剰」だとも言える。特に登場人物の会話は、文語体で書かれた文章を棒読みしているような不自然さで、おかしさすらある。
 そういった文体を用いていることによって、町田康が持っている、細部を描写する感覚と技術の確かさがよりわかりやすくなっているんじゃないかと思う。多分。特にそう感じたのは、主人公(なのかどうか第一回を読んでいないのでわかんないけど)が、家を出てしばらく歩いた後、財布を忘れたのに気づいて家に戻り、再び同じ道を通った部分の描写。
 ストーリーとしては、熱海と思しき場所が登場したり(作者は熱海在住)、犬ブログが登場したり(作者の妻が犬ブログを書いている SPINK,CUTIE&SEEDの凸凹な毎日)、ドッグランが登場したり(同ブログにドッグランの写真が複数ある)、作者が自サイトで公開している日記とそっくりな日記が登場したり(DIARY « OfficialMachidaKouWebSite)と、作者の実体験に取材したと思しきエピソードが多数登場する。ストーカー的な描写もやはり実体験なのだろうか?もしやあの犬ブログも町田康が書いているんじゃなかろうか…などと色々想像してしまう。これじゃ単なる一ファンじゃん。まぁそうなんだけど。
 とにかく続きが楽しみな連載。次はいつだろうか。ちなみに町田康は今月号の『新潮』にも震災に関する文章を寄せている。そっちの方の文体は『ホサナ』とは正反対でブッ飛んでいる。パンク。

 それから佐藤友哉の連載。太宰治を取り上げつつ、自意識過剰な文章を書く佐藤友哉が、「自意識過剰になってないですか?」と小説家・読者に問いかける。「お前が言うな」と突っ込んでしまう僕もまた自意識過剰なのかもしれない。その円環。

 更に高橋源一郎の『日本文学盛衰史 戦後文学篇』。以前Twitter上における「小説ラジオ」で取り上げた、ハンナ・アーレントと、(吉本隆明による解釈に依拠した)親鸞の対比による「正しさ」についての考察を更に深めた感じ。読まざるを得ない。
 作家・高橋源一郎さんの「午前0時の小説ラジオ『あの日から考えてきたこと・・・ぼくらの間を分かつ分断線』」 - Togetter