- 作者: 加藤典洋
- 出版社/メーカー: 幻冬舎
- 発売日: 2006/08
- メディア: 文庫
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なぜ人は小説を読むのだろうか。と、あえて大げさなことを言ってみる。
様々な理由・動機があるだろうけれど、もっと根本的なことを言ってしまえば、「大事なことが書かれていると感じるから」こそ人は小説を読むのではないだろうか。どうでもいい文章だったら、何百ページも読み続けることは出来ないはずだ。
この『村上春樹イエローページ』は、著者の加藤典洋が抱いた「大事なこと」を常に中心に据えて書かれているように感じられる。だから読後感にブレがない。
もう一つブレがないのが、第一巻の「文庫版のためのまえがき」冒頭の文章。
この本は、村上春樹の小説を読んだことのある人を対象に、さらに村上の小説が面白く読めるようになることを目指して作られている。
これほどシンプルでストレートな言明がかつてあっただろうか、と思わず感心してしまった。カッコいい、とさえ感じた。自分や自分の本を少しでも賢く見せようという虚勢が完全に排除されている。なかなか出来ることではないと思う。
「ブレがない」ということは、ともすれば己のありかたに固執する態度に繋がりがちだが、本書にそういった頑迷さは無い。仮説や解釈はとても柔軟。ときどき「それは行き過ぎじゃないの?」と思うこともあるが、そういうところには「これはあくまで仮説だが」的な断り書きがあって、安心して読める。
今まで自分は、小説の面白さというのはその小説そのものを読んで感じたり理解したりするものだと思い込んでいるフシがあったが、この村上春樹イエローページを読んで、少しその態度を改めたいと思った。
例えば、『風の歌を聴け』の最初の方に
この話は1970年の8月8日に始まり、18日後、つまり同じ年の8月26日に終る。
というくだりが出てくるが、著者によると、作品中の時間経過を、描写に基づいて計算すると、8月8日から8月26日までの「19日間」に収まらないことがわかるという。
なぜそのようなことが起こっているのか、という仮説は本書を読めばわかるが、このようなことは、ただ虚心に小説そのものを読んでいるだけではなかなか気づけない。実際僕も全然知らなかった。
「こういったことを知らなければ作品の本質を理解することは出来ない」とは全然思わないが、著者の言葉通り、確かにこういったことを知ると、村上作品を「面白く読めるようになる」ことは間違いない。