面白く読んだ本だけれど、なんだか感想を書くキーボードを叩く指が進まない。
「批評王」に批評されてしまう! という感じがする。
というのはあくまでもののたとえであって、実際に著者が直接殴り込んでくるとかそういうことを心配しているわけじゃない。絶対無いし。
そもそも「批評王」という呼称自体、著者いわく”一種のアイロニカルなジョーク”として自らを称しているのであって、100%ベタにそう名乗っているわけではない。
じゃあどういうことかというと、自分としてはいつものように、単なる本読みとして、読んだ本の感想を書いていきたいと思っている。
でも、本書に収められた優れた批評の数々を読んだ後だと、どうしても書くことが批評っぽい方に引き寄せられてしまい、自分の手に負えなくなっていってしまう。なのでいつもより多く、何度か頭から書き直すことになった。
そしてそこには、素人が無理やりプロフェッショナルと同じ土俵に立とうとしているような痛々しさが出てしまう感じがする。プロ野球の観客が「俺に投げさせろ」とグラウンドに入り込むことが昭和の時代にはあった、とテレビで見た気がするが、それほど興ざめすることはこの世に他に無いだろう。
そういうためらいがある。それを「批評王に批評される感じ」と言うのはよく考えるとズレている気がするが、ともかくそんな感じ。
と、書いているこの文章がすでに少し理屈っぽくなっている。
本書は、この本を最後に批評家の肩書を辞める予定の(そして実際に辞めたらしい)著者が、様々な媒体に発表してきた文章をまとめたものだ。
非常に分厚い。全525ページ。最近己の中の読書欲が高まっているのと、同じ著者による『ニッポンの思想』『ニッポンの文学』を読んだ信頼があるのでなんとか全て目を通したが、正直結構流し読みになった感は否めない。そうでもしないと読み終われなかった。
テーマは思想、文芸、音楽、映画、コミック、アートと多岐にわたる。
村上春樹。東浩紀。小松左京。斎藤環。高橋幸宏。プリンス。涼宮ハルヒ。やくしまるえつこ。キング・クリムゾン。スピルバーグ。石川淳。ジョン・ケージ。
そういったキーワードに引っかかる人は読んでみて損はない。
それなりに文章読解能力がある人であれば、大抵の本は、最初の数行を読んだだけでマトモな本かダメな本かくらいはわかるだろう。
ちなみに「マトモかダメか」とは別に「面白いか面白くないか」を見極めるのはいつでも難しい。
「マトモなのに面白くない」本はいくらでもある。「ダメなのに面白い本」というのには今のところ出会ったことがない。いや、もしかすると、面白い小説はある意味全部「ダメなのに面白い本」なのかもしれない、とふと思った。その理由はすぐ後に書く。
しかし、自分自身がどうやってマトモな本とダメな本を見分けているのか、ということについて思いを至らせたことは今まで無かった。この本を読んで感想を書こうとするまでは。
ダメな本とは、自分の感想や意見を、まるでそれが事実であるかのように詐称しようとしている本、なのではないか。事実とは何かという哲学的な問題はもちろん脇に置いておくとして。
ある種の人は、自分の意見や感想を読者に事実だと思い込ませることを、文章能力だと考えているように見受けられる。
身も蓋もないことを言えば、嘘をついて人をダマすことが出来るのが優秀な書き手だと考えている。
もっとヤバい人は、自分の意見や感想が実際にこの世の真実なのだと思いこんでいる。そしてその真実をもっと多くの人に知らしめねば、と思って本を書く。結果、ヤバヤバすぎてとても読んでいられないシロモノが出来上がる。
しかしこれが小説になると話が変わってくる。小説は虚構、すなわち嘘がベースになっている。嘘を通して現実に何かを及ぼすのが優れた小説だろう。だからある意味「ダメなのに面白い」。そのメカニズムについては、ただの本読みである自分の手には余る話。
書くことがどうしようもなく理屈っぽくなっている。しかたない、これが自分の感想なんだから。もうちょっとで終わる。
何が言いたいかというと、本書の著者は「事実」と「自分の感想や意見」、つまり「解釈」を分けて書くことに極めて秀でているのではないか、ということ。つまり極めてマトモな書き手であるということ。
本書の中で著者が”私が批評でしたいのは、ふたつのこと、ここにこれがあるよ、と告げること、それから、それは何をしているのか、を記すこと、なのだ。”と書いている通りに。
と、同時に、どこかマトモでない部分も感じなくはない。いくつかの文章には、なにか上手く丸め込まれたような印象を受けるものもある。
でも事実と解釈がちゃんと分かれているので、騙されているという印象は無い。むしろ自分の頭で「本当はどうなんだ?」と考えたくなる。マトモじゃなさがスゴみになっている、と感じるところもある。
だから自分のように無教養な本読みでも面白く読み進められるのではないだろうか。