rhの読書録

読んだ本の感想など

村上春樹の100曲 / 編著 栗原裕一郎

 村上春樹の小説作品に登場する楽曲の中から100曲をピックアップ。楽曲の背景、小説上での用いられ方、そしてその含意・ニュアンスを解説した本。

 巻末に、全小説に登場する楽曲を網羅したリストを掲載。

 さらにエッセイやインタビューでの発言も踏まえた解説となっている。

 村上作品を振り返る上でも、新しい楽曲を知る上でも、大変意義深い本である。



 自分は一応村上春樹のフィクション作品は9割くらい目を通しているが、じゃあ作品に登場する楽曲を全て把握しているかと言うともちろんそんなことはなく、基本的に「そういう曲があるんだ、へぇ」で流してきた。

 例えば『風の歌を聴け』にはビーチボーイズ『カリフォルニア・ガールズ』のタイトルが5回登場し、歌詞が2回引用されているそうだが、自分がその曲を聞いたのはつい最近、村上春樹が訳したビーチボーイズの伝記を読んだのがきっかけだった。

rhbiyori.hatenablog.jp

 じゃあ本書を読んで村上作品に登場する楽曲に通暁、つまり詳しくなれたかと言うとそうでもなく、「へぇ、そういう曲があるんだ」が増えただけである。オレの記憶力を買いかぶるのは止めてもらいたい。誰に対してキレてるんだオレは。



 それはそれとして。本書では楽曲を「80年代以降の音楽」「ロック」「ポップス」「クラシック」「ジャズ」の5つのカテゴリに分類し、それぞれ別の書き手が解説を書いている。

 それぞれの解説の文章に、それぞれの音楽ジャンルの「バイブス」のようなものが滲み出している感があり、それもまた本書の読みどころのひとつと言っていいと思う。

 常々音楽からの影響を公言している村上春樹であるが、本書では基本的に、作中の楽曲の扱い方を「適切」と称賛している。

 ただ、『国境の南、太陽の西』に登場するナット・キング・コール歌唱の「国境の南」の音源が存在しないことや、『騎士団長殺し』の主人公がスプリングスティーンの『ザ・リバー』を「懐かしい」と言うのは年代的におかしい、といった細かい瑕疵(前者は故意の可能性もある)の指摘もしている。

 今はサブスクに登録すれば大抵の楽曲は聴けるので、実際に聴きながら読書もやりやすい。と思って検索してみたら著者のひとりである栗原裕一郎氏が作成したSpotifyのプレイリストが見つかった。

open.spotify.com

 いい時代である。しかしもしかすると、サブスクの時代には村上春樹みたいな小説は生まれてこないのかもしれない。それはそれで別の形の小説が出てくるだろうから、別にいいんだけども。