人気ロックバンドのスピッツについて論じた1冊。自分は人生の一時期、スピッツ以外聴かない、くらいの勢いで聴き込んでいたので、読んでみることにした。
優れた聴き手であり書き手である著者の、生涯における「スピッツ体験」が一冊に凝縮されており、読むだけで追体験できる。そういう本だった。
細かい資料やインタビューを丁寧に読み込んだ上で書かれていて、各論については納得性が高い。
歌詞における「動物」の扱いに着目した点や、スピッツを読み解くキーワードとして「情けなさ」を取り上げたことに画期性を感じる。
歌詞だけでなく、メロディやリズムと言ったサウンドの部分にまで踏み込んで論じられている。
本書を読んだことで、今後スピッツの楽曲を鑑賞する上での新たな視点が加わったと確かに感じる。
ただ本書冒頭で掲げられる”スピッツの音楽は「分裂」している”という結論については、今ところあまり納得を得られていない。
「分裂」という「ものさし」を当てて対象を論じることには意義がある。しかしだからといってその「ものさし」そのものに対象の本質があるとは言えないのではないか、という印象を受けた。
スピッツの音楽は懐が深い。
だからこそ、多くの人が、自分の見たいものをそこに見出すことができる。できてしまう、と言ってもいいかもしれない。
同時に、だからこそスピッツについて論じるのは難しい。たとえばネットに散見されるような「歌詞の個人的解釈」みたいなものに回収されてしまいかねない。それは楽しい二次創作かもしれないが、少なくとも評論ではない。著者はその方向についてはしっかりと禁欲している。
しかしじゃあどうすればもっとスピッツの音楽に深く踏み込むことができるのか、というと大変に険しい道のりになるだろう。多分、まだ誰もその道のりを見つけられていない。それほどまでにスピッツという山は高く、海は深い。
音楽は音楽としてそこにあれば十分で、論じる必要はない、という意見もあるかもしれないが、自分としてはその困難にあえて挑戦する人を応援したい。スピッツについて知ることが、もっと大事なことを知るきっかけになる予感がするから。