rhの読書録

読んだ本の感想など

とにかくうちに帰ります / 津村記久子

とにかくうちに帰ります(新潮文庫)

とにかくうちに帰ります(新潮文庫)

 会社員たちの日常。そして大雨の中の帰宅風景を書いた短編集。大きなドラマはない。人は死なないし恋愛もしない。でも読んだ後に確実に何かが残る。

 同僚の意外な一面を発見すること。特にパッとしないフィギュアスケート選手について雑談すること。大雨の日に、少しだけ誰かを助けること。そんな日常に積み重なるほんのささいな出来事が、ていねいに綴られている。歴史には残らないし、もしかしたら記憶にも残らないかもしれないそんな出来事たちが、この小説の中では少しだけ輝いて見える。

 人が生きている「手ごたえ」のようなものを感じ取るのは、そんなささいな出来事からなのかもしれない。そしてその手ごたえを糧にしてまた明日を生きていく。だからこの小説を読むと生きる活力が湧く。


 作者の身体的な感受性の高さをまざまざと感じさせられるのが表題作。雨に濡れて身体にひっつく服。雨粒と夕方の曇り空がつくりだす一面灰色の世界。秋の空気と水分で奪われていく体温。そんな誰もが一度は体験したことがある情景を精妙に筆致しており、しかも文面から受ける印象はとてもやわらかい。誰にでもできそうで実は誰にも真似できない、作者が好きなお笑いで例えるならハリウッドザコシショウの芸風のようである。


 以前エッセイの中で作者は「小説を書くためには会社員を続けたほうがいいような気がする」というようなことを書いていたが、Wikipediaによると2012年に専業作家になったらしい。僕自身近年めっきり本を読まなくなったせいで知らなかったが、最近の作品などもフォローしていきたいところ。