rhの読書録

読んだ本の感想など

君のクイズ / 小川哲

君のクイズ

君のクイズ

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 「格闘ゲームは人生である」と本気で考えている。格闘ゲームとは『ストリートファイター』のような、1対1で殴り合うアクションゲームの総称だ。

 それは決して「自分にとって格闘ゲームは人生そのものだ」というような意味ではない。そこまで言えるのはプロゲーマーとか実況者とか大会主催者とか、あるいはプロ並みに練習して大会に出ているとか、それくらい格闘ゲームと深く関わっている人だけだろう。しがないプレイヤーの一人である自分にそんな大それたことは口にできない。最近はスト6のテリーで適当にバーンナックルをぶん回している。

 しかし自分の考える「格闘ゲームは人生である」のニュアンスを正確に伝えるのは難しい。

 強いて言えば「格闘ゲームについて考えることは人生について考えることと似ている。逆もまた然り」くらいのことになるだろうか。

 格闘ゲームをやり込むほど、これって人生だなぁと感じる。

 格闘ゲームはゲームではあるが、対人戦はどこまで言っても人間との戦いなので、目の前の人間(正確に言うと目の前のキャラを操作している人間)から逃げられない。相手の気持ちを考えることが絶対に必要になる。これって人生だなぁ。

 ゲームを上達するには繰り返しプレイが必要だ。格闘ゲームは対人ゲームの中でも反復練習の重要性が高い。しかしいくら練習してもいきなり対戦で成果を発揮できるとは限らない。練習した内容を出すこと意識しながら何度も実戦の経験を積み、その中で成功体験を得る必要がある。これって人生だなぁ。

 と、格闘ゲームを通して折に触れて人生を感じるのである。自分のような一般プレイヤーの意見よりも、プロ格闘ゲーマーによる書籍などを読めば、格闘ゲームと人生の類似性をより感じてもらえると思う。漫画『ハイスコアガール』を読むのもオススメだ。

 本作『君のクイズ』は、人生がクイズであるような、あるいはクイズが人生であるような事態を書いている。それが具体的にどのような意味を持つのかは最後まで読めばわかる。きっといろいろな意味で予想を裏切ってくれるだろう。

 正直、どうしようもないオチだったらどうしようかと不安だった。実際に読んでどう感じたのか。それも正直、自分でもまだよくわからないのだが、少なくともガッカリするような内容ではなかったのは間違いない。

 たしかにキレイなオチではない、というか作者はおそらくそれを回避しようとしているが、世の中にそうキレイな話は転がっていない、という人間観には、十分に信頼できるものがある。
 

 クイズ番組の決勝、最終問題。対戦者は本庄絆と三島玲央。本庄絆は問題文が読まれる前に正解を優勝する。不正か。それとも神業か。三島玲央はその「ゼロ文字解答」の謎を、クイズ番組の映像を見ながら解き明かそうとする。

 三島玲央は番組を観ながら出題された問題にまつわる様々な記憶を想起していく。これが本作のストーリー展開のメインとなるのだが、記憶と現在の行き来のテンポが気持ちよく、独特の「読み心地」がある。映像を見るだけで謎の核心に迫っていくさまは、安楽椅子探偵のようだ。安楽椅子探偵が出てくる小説を読んだことは無いけども。


 再び自分語りをして申し訳ないのだけれど、昔ちょっとだけスマホアプリの早押しクイズゲームをやってみたことがある。

 そこで早押しクイズは知識量だけのゲームではないことを知った。

 答えが確定するまで問題文が読まれた瞬間にボタンを押すことを目指す。答えがハッキリ頭の中に浮かんでからボタンを押すのではなく、「わかりそう」という感覚が生じた瞬間にボタンを押す。有利なときは無理をせず、不利なときは強気に押す。問題文の整合性から解答を推察する。

 そのような「クイズ力(りょく)」と、知識量との組み合わせによって、その人の早押しクイズの強さが決まる。

 主人公がクイズプレイヤーで、クイズ番組を題材とした本作では、そういった「早押しクイズとはなにか」がさらに詳細に描かれる。実際のクイズプレイヤーの助言の元に執筆されたそうで、描写が真に迫っている。
 

 クイズでは「問題文の美しさ」が問題を解くカギになる。それは美学的な美しさと言うよりも、論理的な整合性や言葉遣いの無駄の無さといった、知性に基づいた美しさだ。

 ゆえに、問題文の作成者の知性に対する信頼がなければクイズは成り立たない。これがなぞなぞであれば、問題や解答がヘンテコであるほど良問だったりするのだが。

 つまりクイズとは、出題者と解答者の相互の知性に対する信頼が可能にする、極めて人間的な営為であり、高度なコミュニケーションであると言える。

 一見するとただ知性を競うだけのクールな競技に見えがちなクイズだが、実は血の通った人間ならではの双方向のやり取りなのである。その意味では人狼ゲームだとか、あるいは俳句などにも近いものなのかもしれない。そのことを本作を読んで改めて感じた。同時に、自分にとって格闘ゲームがどういうものなのかも少しわかった気がする。


 「クイズに正解することが、それまでの人生を肯定してくれる」という主人公の信念には、論理的な飛躍がある。知識として知っていることが、必ずしも肯定に繋がるわけではない。

 でももちろん人間の信念はロジックではないので飛躍があってもなんの問題はない。むしろ信念とは論理を超えたところに宿るものだ。そのような意味で本作は実に人間的な小説だ。


 あと、せっかくのクイズ小説なら、問題と解答を別ページにして、読者が実際にクイズに答えられるようにしてくれたら面白かったかな、と思う。手間が大変だろうし電子書籍に対応できないから難しいだろうけれども。

 自分はある問題に「ベッケンバウアー」と答えたがそれは不正解だった。作者にしてやられたなと思った。もちろん良い意味で。