rhの読書録

とあるブログ書きの読書記録。

名著の話 / 伊集院光

 NHKの番組『100分de名著』で取り上げた本と、番組でその本を紹介した専門家を再び呼び、レギュラー出演者である伊集院光との対談を収めた本。

 伊集院光は、あえてその本を読まずに出演し、視聴者目線で質問したりすることで、視聴者にわかりやすい番組にすることを目指しているらしい。この対談には番組放送後に本を読んだ状態で臨んでいるとのこと。

 本書で取り上げている本は『変身 / フランツ・カフカ』『遠野物語 / 柳田國男』『生きがいについて / 神谷美恵子』の3冊。


 サブタイトルから連想されるように、取り上げられる3冊は、傍流的なもの、アウトサイド的なものをテーマとしている点が共通しているように思われる。

 「ひきこもり」や「うつ」と関連して語られることが多い『変身』。近代化する日本で、「語り」という方法によって日本古来の深層心理のようなものに迫った『遠野物語』。ハンセン病患者に取材した『生きがいについて』。

 「普通の人であれ」という同調圧力が高まっているように感じられる今の世の中だからこそ、本書の言葉の多くが胸に響く。


 かつてインターネットが、個人の自由をバックアップし、同調圧力のない世界を作ってくれるかのような幻想を人々に抱かせた時代があった。

 でも現実はそうならなかった。強い人間を可視化し、人気のあることだけが是であるという価値観を産み、悪意を増幅し、自己検閲がはびこった。

 というのはもちろん悪い面だけをあげつらったのであり、インターネットの正の面も無いはずはないのだが、世の中の空気を自由で多様性のある方向にするのにインターネットが寄与していると感じる人はあまり多くないのではないか。


 人生の一回生。個人の代えの効かなさ、計量不可能性。そういうことについて考えるためには、そういうことについて書かれた本を読むのが良い。そして本書はそのような本である。

 そういった問題は人間の意識という電気信号によって生まれたバグのようなものに過ぎない、と、ある種の人は言うかもしれない。

 しかしそのような議論は、人間の心にとっては関係がないというか、ほとんど意味がない。

 もしかしたら人間の意識を完全にコントロール可能になる日が来るかもしれないが、少なくともその日までは意味がない。個人的にはこのペースだとその日は来ないんじゃないかと思うけれど、根拠は特に無い。

 本との出会いはいつも偶然だ。その偶然性が時に「かくあるべき」という圧から個人を自由にしてくれる。そんな本のことを名著と呼ぶのだろう。