rhの読書録

読んだ本の感想など

1998年の宇多田ヒカル / 宇野維正

 『1998年の宇多田ヒカル』を読了。著者のことはポッドキャスト番組『三原勇希 × 田中宗一郎 POP LIFE: The』で知った。ここ数年、読書から遠ざかっていた自分にとって主たるカルチャーの供給源は専らラジオやPodcastだった。

 1998年にデビューした宇多田ヒカル、椎名林檎、aiko、浜崎あゆみ。時に交差する4人の女性ミュージシャンの足跡を辿りながら、「ディーバ」「歌姫」といった表層的な評価にとどまらない、より正当な音楽史的評価を定義づけようという試み。そういう本であった。

 4人それぞれのデビューの経緯や、「アーティスト」という言葉がポピュラー音楽家を指す言葉として用いられるようになったのは「アイドル」というイメージを嫌ったからだ、とか、実は宇多田ヒカルと椎名林檎には長年の交流があった、といった知識は非常に興味深かった。



 ただこれは完全に自分の問題なのだけれど、昔から女性ボーカルの曲が苦手で、愛聴してきた曲がほとんど皆無。

 本書で取り上げられた4人も年齢的には「直撃世代」と言っていいハズなのだけれど、特に聴き込むようなこともなかった。宇多田ヒカルのファーストアルバムは家にあったが2回くらいしか聴かなかったと思う。椎名林檎とaikoは家族にファンがおり、ある時期までのアルバムを全て揃えていた(iTunesへのインポートをやらされるので把握していた)が、自分から再生したこともほとんど無し。

 本来なら本書を読んで得た知識をもって彼女たちの楽曲を聴く、というのがベターな楽しみかたなのだろうけれど、正直言ってそれもあまりしたくない。別に音楽的な評価が低いわけではない。ただ聴きたくないだけで。

 特に本書で音楽的な才能を讃えられている宇多田ヒカル、椎名林檎、aikoの楽曲は、聴く人をこちらを取り込んでくるような「侵襲性」が強いと感じる。だからより苦手を感じるのではないか。というのも本書を読んで改めて感じたことではある。現に今も本書きっかけで聴いた浜崎あゆみ歌唱の『Movin'on without you』が頭から離れない。

 なのであまり本書の細かい感想を書くのも、自分にとって適切ではないなと感じる。



 本書が出版されたのは2016年だが、オリンピック組織委員会への参加を熱望していた椎名林檎があの開会式、閉会式を見て何を思っただろう。想像するとちょっと切なくなる。特に入場行進におけるゲーム音楽の、あの何のひねりもない雑な使い方。

 ネットでは特に『NIPPON』リリース時期の彼女のパフォーマンスなどに対し、「国粋主義者だ」「いや、アレはただのポーズだ」などと議論が巻起こったが、本書に載ったインタビューなどを読むと、単に日本を称揚するというよりも、自分が頑張って衰退していく日本を盛り上げなければいけない、という(少々過剰な)使命感のようなアティチュードを強く感じる。



 4人を80年代アメリカンポップスのミュージシャンに例えるなら、マイケル・ジャクソンのスキャンダル面だけを背負わされたような立ち位置になってしまった浜崎あゆみ。(宇多田ヒカル=マイケル・ジャクソン、椎名林檎=プリンス、aiko=ジョージ・マイケル)

 今日現在でも、「浜崎あゆみ」で検索すれば彼女の私生活にまつわるゴシップニュース記事がヒットする。7年経っても全く立ち位置が変わっていない。



 2016年の復帰(「人間活動」が話題になった休養からの復帰)によって、デビュー以来再び宇多田ヒカルが音楽シーンを変えてしまうかもしれない、と予測する本書の結末。

 実際のところどうなったのか。上記の通り浅学なのでまるでわからないが、さらっと調べたところ、日本ではエヴァンゲリオンの主題歌等によって存在感を示しつつ、アルバムがメディアで評価されるなど海外でも着実に地歩を固めつつあるようである。

 日本のいわゆる芸能界からは適度に距離を取りつつ、しかしマツコ・デラックス(氏が「女性を認める人物」というポジションをテレビ上で確立しているのはAdoとの共演への視聴者の反応を見ても明らか)の番組にゲスト出演したりもしつつ、海外を拠点に曲作りに励んでいるようだ。

 めっちゃええやん。そのスタンス。最高やん。

 と、自分の中のエセ関西人が謎の上から目線でつぶやいている。そういやソラのスマブラ参戦PVは最高だったなぁ。ちゃんと『光』も流れて。



 そういえばちょっと前にコンビニかどこかで宇多田ヒカルの曲が流れてきた時、「この人は『この世のものでないような音楽』を作るようになったなぁ」と、感心と恐怖を同時に抱いた記憶がある。今調べたら曲は『初恋』だった。

 恐怖。そう、宇多田ヒカルの曲はどれもどこか怖い。要するに自分が女性ボーカルが苦手なのは、女性の底知れなさが怖いのかもしれない。なんてことを今言ったらポリティカル的にアウトなのだろうか。

 というようなことを考えるに至ったのも本書を読んだおかげ。