rhの読書録

読んだ本の感想など

文章読本さん江 / 斎藤美奈子

文章読本さん江 (ちくま文庫)

文章読本さん江 (ちくま文庫)

 文章読本とは、よーするに文章の教科書のことである。

 しかし、谷崎潤一郎というエラーイ小説家が『文章読本』という文章指南書を叙して以来、有象無象の筆者の手で「文章読本」の名を冠する本が、雨後のタケノコのごとく続々と書かれるに至った。

 文章の名人、達人、あるいはそこまでいかなくても、上手な書き手が文章の書き方について説く、というだけなら問題はなさそうに見えるが、本書執筆のために大量の文章読本を読み通した希代の批評家・斎藤美奈子によると、文章読本の世界には多くの矛盾、欺瞞、というか「ツッコミどころ」があるという。

 ある人は「思った通りのことを書け」と言い、またある人は「思った通りに書くな」と言う。ある人が「しゃべるように書け」と言えば、また別の人が「しゃべるように書け、なんて大嘘だ」と言う。人によって言うことがバラバラなのである。

 また、多くの人が「名文を読め!」と鼻息荒く古今東西の名文を引用しているが、じゃあ「名文の定義ってナンなの?」という話になると、結局は「自分が名文だと思うものが名文だ」という回答にもなっていないような答えしか返ってこない。

 結局、文章読本なんてものは、エラくなった文筆家が己の文学趣味を開陳してドヤ顔するためのものでしかないのでは…?そんな疑問が湧いてくるのも道理である。

 まぁ実際のところ、文章読本を読んでマジメに文章力の向上を図ろうとするようなピュアーな人なんてそうそういないだろうし、偉い文筆家の文章観・文学観を知る、という用途でなら文章読本も有用であることは間違いない。

 っていうか、21世紀も8分の1ほど過ぎた現在においては、もはや真正面から文章読本を書こうと言う人もあまりいない様子である。本書について言及のあった筒井康隆『創作の極意と掟』も、かなりエッセイ寄りの内容であった。

創作の極意と掟

創作の極意と掟

 もしかすると、2002年に発行された本書が文章読本の息の根を止めてしまったのかもしれない。恐るべし斎藤美奈子。しかし「文章を書きたい」と思う読み手と、「文章について一言モノ申したい」という書き手がいる限り、文章読本的なものはいくらでも生まれてくるだろうな、とも思う。文章読本は滅びんよ、何度でも蘇るさ。