- 作者: 伊藤計劃
- 出版社/メーカー: 早川書房
- 発売日: 2010/12/08
- メディア: 文庫
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あらすじ
21世紀初頭に発生した全世界規模の騒乱《大災禍(ザ・メイルストロム)》を経て高度な医療経済社会が築かれた21世紀後期。人々は従来の政府に代わる統治機構《生府》の下、健康と人間関係の親密さを至上の価値とする社会に生活していた。だかその健全で幸福な筈の社会を揺るがす重大な事件が起きる。
ハーモニー (小説) - Wikipedia
この小説の舞台である近未来についての描写を読むと、現代の日本を想起してしまう。大災禍から60年後という時代設定。自殺者の増加。おそらく、作者もそのへんを意識して書いていたのではないかと思う。
大災禍後の世界を覆い尽くした生命主義(Lifeism)の思想は、構成員の生命を社会的なリソースと考え、その健康保全を至上とする。簡単に言ってしまえば、現在における禁煙運動のような健康至上主義が究極的に推し進められた社会のようなもの。
しかしその社会は、どこかジョージ・オーウェル『1984』の社会に似ている。酒、タバコはもちろん禁止され(多くの生府では、法律ではなくマナー・モラルの観点から自主的に流通がストップしている)、カフェインでさえ健康を害するとして槍玉に挙げる。個人の生活は、食事から運動、読書やテレビに至るまで、コンサルタントとテクノロジーによって事細かに管理される。体内にある「WatchMe」というナノマシンによって、あらゆる病気はすみやかに駆逐される。あげく、「高カロリーで健康を害する食事の映像を見つめることで憎悪を高める『二分間憎悪(同じワードが『1984』にも登場する)』」を設けていたりする。
そしてもっと恐ろしいのは、この社会が善意(の押し付け)と相互監視によって成り立っているということ。例え誰かが、自分自身の健康を蔑ろにしていたとしても、「ビッグブラザー」がやってくるわけではない。ただ単に、大衆から指弾され村八分にされる。
そのような生命主義のあり様は、現代日本の若者の生きづらさにどこか相通じているような気がしてしまう。就職に失敗した若者が、「働かざるもの食うべからず」という「リソース主義」に怯え、自殺を選ぶ。そんな空気。
もちろん、「世相を斬る」ことが、優れた小説の条件であるというわけではない。そのような現代の憂鬱、とでも呼ぶべきものを掬い上げつつ、極上のエンターテインメントを作り上げてしまった作者の力量に、僕は、ボクは、感動を禁じ得ないのである。いや、ほんとに。
伊藤計劃作品のエンタメ性について考える上で外せないのが、伊藤計劃という作家に『メタルギアソリッド』というゲームが与えた影響の大きさ。前作『虐殺器官』もそうだが、孤独なワンマン・アーミーが、世界の命運を賭けて事件の首謀者を追いかける、という物語の骨子はメタルギアソリッドシリーズと共通している。更にそのルーツを辿れば、メタルギアソリッドの監督である小島秀夫、そして伊藤計劃も愛していた、映画というジャンルにまで遡れるだろう。
と、ここまで拙い文章を書いたが、とにかく、こんなブログを読んでいる暇があったら、今すぐこの本を買って読んで欲しい。特に、メタルギアソリッドなんかをプレイしている若い人達が、伊藤計劃の本を読んで、小説に、文学に、社会に興味を持ったりなんかしたら、スゲーいいと思う。スゲくいいと思う。マジでガチにいいと思うんだ。うん。